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2021年08月11日

意外と決まってないプロ野球での二次会ルール


プロ野球で二次会といえば、ファンが贔屓チームが勝った後に選手らの応援歌を歌ったりして、チームが勝利したことを祝う恒例行事、通常の「二次会」といえば、食事をしながら酒に酔うイメージですがプロ野球では酒ではなく勝利に酔うことを指します

この二次会、たまーに特殊な事例に陥ることがあります

それはホームチームとビジターチームのイベントが重なるとき

具体例を見ると1996年のナゴヤ球場、中日巨人戦の最終戦

この試合は巨人が勝利してメークドラマが決まります。

しかし、この試合でナゴヤ球場が最後ということで中日ファンも最後まで残っており、星野監督の挨拶のあとに燃えよドラゴンズが鳴り響くことに

本来、試合後に流れる応援歌は勝利したチームのみになるはずです

その二年前の国民的行事では同じくナゴヤ球場中日巨人戦で巨人が勝利して優勝した巨人ファンは試合後も騒いでいるのが写っています

しかし96年の場合は中日ドラゴンズからすれば、最後の本拠地ナゴヤ球場ということで、最後の挨拶はなしとはいかなかったことでしょう

今回はこのように特殊な事例から本来の二次会とは違った形になった試合後について振れていこうと思います。

2002年の阪神巨人戦

2002年、巨人は原監督が就任一年目で甲子園で阪神と対戦しました。勝てば文句無しの優勝であり、巨人は途中まで2-1でリードしていましたが土壇場で阪神が同点ホームラン、当時の放送で「唖然とするジャイアンツファン」と表現されるように勝っての胴上げに暗雲が立ち込めます

試合の途中で2位ヤクルトが敗北して巨人の優勝が決まりますが、どうせなら勝って優勝したいと思うのが普通

しかし12回でもリードすることができず、勝っての優勝が消滅すると12回の裏には巨人のワイルドピッチで阪神がサヨナラ勝利

史上初のサヨナラ負け優勝が確定します

このとき、阪神応援団の圧力があり、阪神が勝った場合は六甲おろし、阪神の1-9が先ということが決定していたようで、巨人が胴上げするまでライトでは六甲おろしと阪神の1-9が通常通り行われることになり、巨人ファンが優勝を祝うボードなどを掲げている裏で響いているのは阪神の応援歌という謎の現象に

1-9が終わったあとに巨人ナインがベンチから出てきて胴上げ

それまで黙って阪神の二次会を待っていた巨人ファンもようやく優勝を祝うことができました。

その後がどうなったかといえば、当時を目撃した人によればスタンドでは二次会を行わずに通路などの裏でやっていたんだとか

負けたのでスタンドでおおぴらに二次会はできなかったのかもしれません。

2006年、巨人中日戦

東京ドームでの巨人最終戦、中日からすれば優勝がかかった試合

偶然ですが、これは直に観戦しました。

このときの巨人はあくまで消化試合で最終戦でそこそこ巨人ファンはいましたが、それよりも優勝がかかった中日ファンの方が多かったでしょう

試合は延長戦の末に中日が勝ち、優勝しました。

しかし、このとき既に東京ドームでの鳴り物応援時間が過ぎていたことと中日の優勝胴上げのあとには巨人の選手たちが1年間の応援に対する感謝ということでグラウンドを一周するなどがあったので、本来の二次会はなかったと思います。

中日ファンはそのまま水道橋駅でドンチャン騒ぎしており、巨人ファンの私は悔しい感じで横目で見ていました。

2011年横浜中日戦

横浜からすれば最終戦なのですが、同時に中日の優勝が決まった試合でもあり、試合は中日が勝利。横浜は早川の引退セレモニーが開催されずに終わったんだとか

2018年広島横浜戦

これは記事にもなっていた例です。

広島は優勝争い中でマツダスタジアムにいた多くのファンも広島でしたが、試合は横浜が勝利したにも関わらず広島側は即座に中日ヤクルトの試合を放映。横浜の二次会を葬り去りました。広島ファンからすれば自然の流れかもしれませんが、横浜ファンからすれば勝利の余韻に浸れないで終わったので不満でしょう

https://www.j-cast.com/2018/09/25339507.html
↑その記事


そしていつだか忘れましたがパ・リーグでも負けた側が優勝を決めたので、試合後に二次会、応援歌熱唱ではなく、優勝胴上げ、監督インタビューが先という事例をテレビで見たことがあります。そのとき、本来勝利したファンは二次会をそのままやったのか?優勝したチームは二次会をやったのか?そこまでは分かりませんが、こういう本来は勝ったら行われる二次会が相手チームのイベントで行われない、やりにくい状況にされるというのはビジター球団には多いようです。あくまでホーム優先ということでしょう

しかし、それでも2003年の阪神巨人戦のように原辰徳監督が成績不振で退任が決まり、東京ドーム最終戦では挨拶もなく去ることに当時の星野監督の計らいで甲子園で相手球団、しかも巨人の監督の退任式が行われるということもありました。

そのときは巨人が勝利していましたが、阪神ファンも原監督にエールを送るなどしていました。二次会もそのまま行われました。

その挨拶で夢の続きを描くことを約束。後に巨人に復帰してチームを三連覇、そして楽天の監督となった星野監督とも対戦が実現しました。

いかがでしょうか?

こういう場合、ホームチームが勝ってそのまま優勝の祝賀会があればストレートでいいのですが、ビジターチームが勝ってホームチームが優勝した場合、ビジターチームが負けてもビジターチームが優勝した場合、ビジターチームが勝ってビジターチームが優勝した場合、ビジターチームが優勝したけど、ホームチームに最終戦もしくは引退などでイベントがある場合、その対応は明確なルールは存在してないといえるでしょう

また二次会というのはあくまで応援団やファンが主導するものですが、インタビューなどは球場側主導です。

ここで双方の意見に食い違いが出るのは良くないですが、そろそろ明確なルールを設けてもいいのではないでしょうか?

因みに年度は忘れましたが2009か2010年、東京ドームでの巨人最終戦で横浜が勝った試合では試合後にイベントが決定事項でしたが、横浜が勝ったので二次会自体はそのままの流れで行われて、巨人ファンはそれを待ってからのイベントだったようです。

因みに筆者は最終戦に関してはそのようなルールでいいと考えてます。時間制限があるとしても勝ったチームにこそ二次会を行う権利があると思うからです。

では優勝したチームが負けてしまった場合はどうするか?

はっきり言えば、優勝した場合は"間"というものを取るのが難しいでしょう

テレビ中継でも優勝したチームの胴上げを見たいと待ち構えてるファンの方が多いからです

しかし、相手球団の二次会、相手の本拠地だった場合は球団歌CD音源が流れることもあります

これだけでも10分は待たされます

テレビもそんなに悠長に待ってられないというのもあるでしょう

このように試合後の流れというのは球団の事情、ホームとビジターの関係、試合後の流れなどに大きく左右されますが、特殊な事例が多くて明確なルールは存在しないということです。

応援団や選手にはある程度流れは伝えてあるとは思いますが、それはあくまで一部の人たちに伝わるだけで、現地にいたファンには予想してたのと違うことに遭遇することもあるでしょう

因みにこれを書いた理由はかつての甲子園ではビジターの二次会は行われなかったという話を聞いたからです。

これ意外にも村田修一の話にもあるように引退試合でのエピソードもありますが、村田の場合はホームラン王争いだとか空振りのつもりがジャストミートしてしまったなどの話が後に出てきたので、村田が率先して引退試合を破壊しに行ったわけではないのですが、矢野の引退試合、もしかしたらベイファンや村田はかなり気まずい感じだったのかもしれませんね

個人的には藤川球児の引退式で演技のように三振するよりも佐々岡vs村田のように真剣勝負の方が好きです

またふとした疑問から何かを書いていきたいと思いますw


posted by 東京のガンバ大阪サポーター at 16:05| Comment(0) | 野球関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月25日

巨人の闘魂こめてを色々まとめてみた


なんかサッカーのことではなく、野球のことを書くことが多くなってる気がするが・・・

今回は讀賣巨人軍の球団歌「闘魂こめて」についてまとめてみました。

なお、替え歌(私はヘイトソングだと思ってますが)は平成26年辺りに中日ファンが広めた説があります。

中日ファンってアウトコールでも「ちっちゃい頃から大嫌い・・・」とか歌ってたんで

その変な歌は置いておいて、巨人の闘魂こめては実は沢山の種類があります。

それを一つずつ動画付きで見ていきましょう

https://youtu.be/ZXvQFmalnIc
昭和感がある闘魂こめて
個人的には味があって好きです

https://youtu.be/GiXL-2dRAmE
東京ドームでも流される現代の闘魂こめて
私はこれをイメージします

https://youtu.be/cKpIOdb2yFw
オリックス主催試合で流れる闘魂こめて
意外と好き

https://twitter.com/8zk_g29/status/1358279696199344128?s=19
2000年の名古屋地区の応援団による闘魂こめて
流れとしては赤組とは違い闘魂こめてから337拍子へという流れ

https://youtu.be/_jOA-QP9Re0
3:14辺りから
東京読売巨人軍応援団(赤組、本隊)による闘魂こめて
私はこれが世代です
本編はアカペラのときもありました。前奏→闘魂こめて→レッツゴージャイアンツ!という流れでした

https://youtu.be/sYuuzNnKlyA
3:36辺りから
YGOによる闘魂こめて
音は綺麗にはなっているけど好みの問題
前奏→闘魂こめて→終わりの演奏→レッツゴージャイアンツ

あとこれ以外にも得点したときにビバ・ジャイアンツではなく闘魂こめてが流された時代があった(このときはタオルを回さない)んですが、見つからなかったので今回は省略
posted by 東京のガンバ大阪サポーター at 16:23| Comment(0) | 野球関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月11日

西武ライオンズの関東地区応援団体制


以前、Twitter野球アカウントで考察した西武ライオンズの関東応連や東京応援団がいつまで活動していたのか?という話

調べていると連合やら応援団の改名やらでややこしいことになったので一通り日付順で記述しました

推測はできるだけ除去しました

西武ライオンズの応援団のWikipediaページ(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%BC%E7%8E%89%E8%A5%BF%E6%AD%A6%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%81%AE%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3、令和3年2月10日付け)
には「2012~13年ごろ、東京応援団の消滅と同時期に連合が崩壊。 」とあったので、その辺りから調べてみることに


https://youtu.be/Tl3OtTX-AMI
平成23年(2011年)5月3日の映像
この映像には東京応援団の旗が確認できる

https://youtu.be/Il9Ft1bpNow
平成24年(2012年)3月4日
所沢同獅会の旗には関東応連、西東京若獅子会の旗には全国西武ライオンズ応援団と書かれている

https://youtu.be/dBtfEklUwqc
平成24年(2012年)10月14日
関東応連の旗は確認できる

https://youtu.be/ry1Ih18J7R0
平成25年(2013年)3月24日
https://youtu.be/ffQ-PMYtFQ8
平成25年(2013年)5月18日の映像
所沢同獅会が「関東応連」を外して「全国西武ライオンズ応援団」と書かれた新しい旗を使用
この部分がいつから「埼玉西武ライオンズ応援団」になったかは不明(二文字しか変わらないし、しかも小さい字だし・・・)
平成27年、2015年の時点では「埼玉西武ライオンズ応援団」になっている
http://goelbaf.blog.fc2.com/blog-entry-310.html?sp
平成28年、2016年の時点でも「埼玉西武ライオンズ応援団」になっている様子
https://ameblo.jp/tigersbuffaloes/entry-12154218515.html

https://youtu.be/TtvR9WJv_oM
平成25年(2013年)6月2日の映像には関東応連の旗がある

https://youtu.be/nlEBk8URwzI
平成26年(2014年)5月31日
関東応連の旗は確認できない。西東京若獅子会の旗には全国西武ライオンズ応援団と書かれている

https://youtu.be/72rpGxaw_i4
平成27年(2015年)4月4日
西東京若獅子会の旗が若獅子会の旗になっているが法被は西東京若獅子会のまま

https://twitter.com/wakajishi_LIONS/status/643639761706483714?s=19
同年9月15日の若獅子会の公式Twitterでも団員は西東京若獅子会の法被を着ている。この法被には全国西武ライオンズ応援団とある。Facebookで見るとこの頃のTwitter名は西東京若獅子会だったらしい

https://youtu.be/qRPVb6thqG0
平成28年(2016年)3月25日
リードをしている団員の法被が混在の若獅子会の白い法被となっている

https://youtu.be/BFaczn2OTgE
同年4月1日の映像には水色の法被を着ている団員もいるので、どう分けているのかは不明


以上を見ると略史は

平成17年、2005年
全国西武ライオンズ応援団設立(Wikipedia情報)

平成23年、2011年まで東京応援団が活動

平成25年、2013年に所沢同獅会の旗から「関東応連」が外れる。この年まで関東応連が活動

平成27年、2015年に西東京若獅子会の旗から「全国西武ライオンズ応援団」が外れる

平成28年、2016年には西東京若獅子会が若獅子会になり、「全国西武ライオンズ応援団」が法被からも外れる

結論としてはWikipediaの情報も間違ってはないけど、東京応援団、関東応連、全国西武ライオンズ応援団の活動停止時期には少し時間差があったということですね
posted by 東京のガンバ大阪サポーター at 00:50| Comment(0) | 野球関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月31日

かつて存在した読売巨人軍応援団の一覧

ここで列挙しているのは、あくまで活動していたとされる応援団の一覧です。多少の間違いはあると思われます。

例として正式名が「読売」か「讀賣」かは音だけでは判断できませんし、通称は知られていても正式名が不明な団体も多々ありますし、個人で活動していた応援団も存在します。

なお、読売と書くと蔑称と思われる人もいるかと思いますが、応援団では読売巨人軍を指す際に読売と呼称するのは普通でした。

応援団の連合組織も緩やかな存在だったとも単独で名乗っていたところもあるそうです。


北海道地区

東京読売巨人軍応援団北海道 − 旗には「東京読売巨人軍応援団札幌」とあったが、平成22年(2010年)の赤組HPの連署には北海道とあったので改名した可能性あり。平成24年(2012年)ごろに読売ジャイアンツ応援団北海道となる。


関東地区

東京読売巨人軍応援団 ー 昭和53年(1978年)に設立。通称「赤」「赤組」「本隊」。平成22年(2010年)末に不祥事により解散。
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1358780242119196675?s=19
ファーストスターズ − 別名:一番星
斬巨・必惚
関東讀賣篠塚会
中畑清後援会
関東狂巨熱一家 − 通称「じゃいきち」。平成12年(2000年)頃にじゃいきちを解散し、「読売ジャイアンツ外野応援団」となったとされる。改名後は「黒組」とも言われた。平成14年(2002)末に解散、東京ドーム出禁となる。じゃいきち時代の旗には「全日本読売連合会」と書かれていた。ちなみに外野応援団の周りにいたのが「G-FREAKS」と呼ばれたファンのことだが旗にも「G-FREAKS」と書かれた旗を振っていたので、今でもG-FREAKSがじゃいきちの後継応援団と認識されているが、その違いはロッテの外野応援団とM.V.P.と同じ。
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1389497065256804353?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1258171709078700033?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1258355077217054721?s=19
全関東讀賣応援連合 − 通称は全関。後楽園時代に酔巨会、闘巨会、応巨会、猛巨会、激巨会、夜明けが連合を作り昭和58年(1983年)に結成。のちに舞巨会、爆巨会が加わり後楽園閉場とともに解散。関東爆巨会のみ独立して東京ドームでも活動。
巨真会 ー 法被の時代もあったらしいが、後年は黄緑色っぽいシャツを着ていて応援活動をしていた。
松井軍団 ー 松井軍団と書かれた旗を振っていた
巨人会
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1388698419254886401?s=19
東京巨星会
関東祭巨会
東京稲妻一派
読売愚連隊
関東読売命巨会
東京巨応会
横浜志魂会 ー 横浜スタジアムを中心に活動
関東優巨会 ー YGOの初代団長がかつて所属していた応援団
関東巨麗会 − 関西巨麗会との関係は不明
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1344958380432007169?s=19

中京地区
※基本的に中京地区の応援団は名古屋連合会(平成16年・2004年シーズン前に出禁処分)に加盟していた
西三河巨優会 ー オレンジ色の法被を着ていた
三河石井会
名古屋愛巨会 ー 関西愛巨会の名古屋支部。オレンジ色の法被を着ていた。
名古屋巨星会
讀賣特攻隊
名古屋侍ジャイアンツ会 ー 平成15年(2003年)頃は白地に"侍"と大きく書かれた旗を振っていた
名古屋巨輝会 ー 平成15年(2003年)頃は白地に赤字で"輝"と書かれた旗を振っていた。白い法被を着用。黒い法被の時代もあったらしい。
名古屋愛好会
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1263598853846003729?s=19
名古屋巨勇会 − 大阪巨勇会との関係はなし
巨和会 − のちの東京読売巨人軍応援団名古屋
名古屋巨栄会
三重巨闘会 ー 黒字に闘と書かれた旗を振っていた
三重巨勝会 ー 黒字で"勝"と書かれたオレンジ色の正方形の旗を振っていた。黒い法被を着用。
名古屋巨楽勝
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1390117721900142594?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1320378671182405635?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1320378762102329350?s=19

https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1262601357279649792?s=19

関西地区
※関西地区の応援団は1999年(平成11年)シーズン末に阪神応援団の圧力で軒並み解散し、G-FREAKS大阪を形成していったとされる

関西愛巨会 − 名古屋愛巨会は同会の名古屋支部
関西酔巨会
関西狂巨熱一家 − 活動実体は不明
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1389502341091495937?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1348663797314064403?s=19
関西闘巨会 ー 神戸闘巨会と同団体かは不明
関西吉村連合 − 旗には「全日本読売連合会」とあり、これに関連しているかは不明だが東京ドームではじゃいきちと活動していた。吉村が引退した1998年(平成10年)までは活動
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1390335929290682370?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1258148809739100160?s=19

関西祭巨会
関西巨麗会 − 関東巨麗会との関係は不明
大阪巨勇会 − 名古屋巨勇会との関係はなし。メークドラマ完結の試合ではオレンジの旗に巨人のエンブレムが描かれた旗を使用
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1339846299810582528?s=19
大阪巨和会 − 昭和50年(1975年)設立、昭和60年・1985年時点では巨和会として活動、平成14年・2002年時点では東京読売巨人軍応援団大阪→平成24年・2012年から読売ジャイアンツ大阪応援団となる。現存応援団ではおそらく最古の応援団。巨和会時代の法被は当時のビジターカラーであった水色。背中にはYGマーク、もしくはGと描かれたものもあった。巨人の大多数の応援団が甲子園球場上段で活動していたが、赤組時代も含めて甲子園球場下段で活動して、リードも担当していた
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1380942001579827202?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1308086457047724034?s=19
関西邪美士 ー オレンジ色の法被を着ていた
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1386380809410465795?s=19
関西巨友会 − 少なくとも平成17年(2005年)シーズンまで甲子園アルプスで活動。旗は白地と水色でジャビットが描かれていた
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1322065453607342080?s=19
桑田真澄八尾後援会
関西讀賣一家 ー 東京ドームではじゃいきちと共に活動していた
関西輝巨会 ー オレンジの法被を着ていた。
神戸闘巨会 ー 関西闘巨会と同団体かは不明
広島地区

広島応巨会
広島鋭巨会 − 少なくとも平成2年(1990年)シーズンまでは活動。旗は白地に赤っぽい字で"臥薪嘗胆"。
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1298320598297227265?s=09
広島星巨会
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1277288192559812608?s=19

広島星巨会のものとされる旗
広島熱巨会 − 平成14年(2002年)まで活動しており、当時はオレンジ色のポロシャツを着用。平成15年(2003年)から別の応援団(どこかは不明)と合流してGLOVEとなる
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1297996665752715264?s=19
GLOVE九州 − 平成15年(2003年)設立。今では数少ない現存応援団
GLOVE広島 − 同上
GLOVE岡山 − 平成16年(2004年)時点では活動していた
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1358781894205218820?s=19
岡山川相後援会
広島勝呂隊

詳細不明
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1266276827598778368?s=19
https://twitter.com/tokyogiants2002/status/1265291293531312129?s=19
posted by 東京のガンバ大阪サポーター at 05:42| Comment(0) | 野球関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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